京都市上京区で上棟

京都市上京区の現場が上棟しました。

京都市上京区で上棟

特にあらたまって上棟式を行う事はしませんが、
お施主さんの方でお酒を用意し、大工さんたちに持って帰ってもらようにされていました。

また、小屋裏に納める御幣も用意してありました。
関西で上棟の御幣と言えば、おかめ御幣ですね。


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動画「ローコスト住宅の実態」をアップしました

「ローコスト住宅の実態」の動画をYouTubeにアップしました。
実際にローコスト住宅のハウスメーカーで家を建てた方を取材してきましたので、どの様な状況なのか、ご覧になってください。

この様な状況になってしまったのには、動画では出てきませんが、色々と事情があるのでした。


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基礎工事の施工状況をチェック

京都市北区の基礎工事の現場

京都市北区で工事が始まり、現在、基礎工事が完了したところです。

コンクリートを流す前に、私の方で鉄筋の配筋状況をチェックしました。

当然ですが、基礎が完成してしまうと、中の鉄筋がどのような状態なのか分からなくなってしまいます。


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地下室は断念-I様邸の請負契約


 

 

これまで、工務店と詳細を詰めていたIさんが
請負契約を交わす事となりました。

地下室付き住宅の請負契約

競争入札の時点では
地下室を設ける事になっていてグランドピアノを置く予定になっていました。

しかし、地下室は断念する事になりました。

地下室には色々なメリットとデメリットがあります。

 


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住宅設備のショールーム見学


 

 

現在、詳細打合せを進めているIさんが
パナソニックのショールームにて
キッチン、ユニットバス、洗面化粧台、トイレ
の仕様を確認。

その時の様子を動画に撮影させてもらいました。

実は住宅設備のショールームを見学する際には
チョッとしたポイントがあります。


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妻が足を骨折! 家事をどうする





 

妻が足を骨折してしまいました。
全治3か月の診断。

朝起きて、半分寝ぼけた状態で階段を下りて
最後の一段を踏み外したのでした。

それ以来、大ピンチに陥りました。

掃除に洗濯に食事・・・。
一体どうしたら良いの?

我が家は完全に機能停止状態になってしまったのです。


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動画「ローコストの実態」を削除しました

 





 

 

大変多くの方にご視聴いただいた動画、
「ハウスメーカーの欠陥住宅の実例|ローコストの実態」を削除しました。


この動画をYouTubeにアップしてから2ヶ月半、
177万回の再生され、
約1900件のコメントを寄せて頂きました。

皆さん、本当にありがとうございました。

動画を削除する事になった理由ですが・・・


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YouTubeにアップした動画が急上昇ランキングに!





 

 

ちょうど今から1ヶ月前に
YouTubeにアップした動画なのですが・・・。

このブログでもアップした時にご紹介しました。

 

ブログはこちら↓
ローコスト住宅の実態(ハウスメーカー欠陥住宅シリーズ)

YouTubeのページはこちら↓
ハウスメーカー欠陥住宅の実例|ローコストの実態

 

実はこの動画が大変なことになったんです。


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【回想録】起業のメリット





 

 

私が住宅の仕事をするようになってから
10年が経とうとしていました。

その間、手掛けた新築住宅は約30棟。

しかし、私は過酷な労働をしいられ、
会社からは全く評価されない・・・。

もう限界が来ていました。
私は会社が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

その気持ちを押し殺して、無理矢理仕事をしてきましたが、
夜、眠る事ができなくなってきて、
時折、めまいを覚えるようにもなりました。

大好きだったバレーボールやサッカーにも
興味を持てなくなり、
何事にも気力を出す事ができなくなってきました。

それ以上、この会社にいたら
私はおかしくなってしまう‥‥‥。

もうダメ、会社を辞めよう‥‥と決意するのでした。


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【回想録】難しい交渉をクリアしたのに





 

 

前回も書きましたが、
職人さんがみんな怒って帰ってしまったり‥‥。

それ以外にも、
住宅の位置を間違えて、
50センチほどずれた状態で基礎を作ってしまったり、
床暖房を設置しなければいけない事をど忘れして、
家が完成してから気が付いたり‥‥。

思い起こせば、失敗は数えきれません。

そんなさなか、一級建築士が私の上司として迎え入れられました。

やっと、ド素人の私一人が
悪戦苦闘する日々も終わりかなと、安堵したのでした。

彼は、私によく言いました。
「難しい交渉事があれば、俺に任せろ!」

‥‥それは頼もしい。

そして、実際に難しい交渉に迫られた時の事です。


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【回想録】大失態!大工さんからは手待ち代の請求が‥‥





 

 

なぜか、当時勤めていた会社が
住宅事業を立ち上げる事になり、
私を含め、一緒に立ち上げる事になった他のメンバーは
次々に戦線離脱。

ド素人の私一人で、家を建てる事になったのです。

当然、失敗の連続です。

最初の大失態は基礎工事が終わって、
建て方(柱や梁を組み立てること)を始める時の事でした。


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【回想録】私は丁張り(チョウハリ)すら知りませんでした




 

その時、私は34歳。
勤めていた会社が突然「住宅事業を始める」と言い出し、
私をはじめとする、社内の住宅建築のド素人が3人集められました。

なんにも分からない状況で、
社長の親戚の家を建てる事になったのです。

とりあえず、社長の知り合いの工務店から
家づくりのレクスチャーをしてもらう事に‥‥。

しかし、ド素人にレクスチャーするなんて無茶な話しです。

ある日、その工務店のIさんが会社まで来てくれて
家を建てる手順を説明してくれる事になったのですが・・・。


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【回想録】素人が住宅の仕事をすることに‥‥





 

 

私は京都に安住の地を得て、
これまでに身に付けた、製品開発のスキルを活かして、
仕事も順調でした。

私の人生の物語は、
これで、めでたし、めでたしで終わるはずだったのですが‥‥。

当時勤めていた会社は、京都の小さな製造メーカーでした。

ところが、私がその会社に転職してから3年ほどして、
社長が突然、「住宅事業を立ち上げる」と言い出したのです。

そして、なぜか私がその事業を立ち上げる事に‥‥。

でも、私はもちろんですが
会社自体、住宅建築のノウハウは皆無。

本業とは全く畑違いの事業です。

普通なら、どこかの工務店やハウスメーカーから
住宅建築のプロフェッショナルを連れてきますよね。

ところが、社内の人員だけで
事業を立ち上げると言うのです。

私は設計を担当‥‥
理由は工業製品の設計ができるから。

‥‥そんな馬鹿な。


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【回想録】工業デザイナーとして、社会人をスタート





 

 

バブルの真っただ中で、大学を卒業。

これ以上ない追い風を受けながら、
就職活動に失敗した私は、名も無い小さな会社で、
工業デザイナーとして社会人をスタートさせたのでした。

大学の仲間は皆、超一流企業に就職して、
なんだか、自分だけ取り残されているように感じました。

彼らとは、給料が全然違いますしね。

彼らが羨ましくて羨ましくて
もう、本当に人生が嫌になりました。

落胆している私に、更に追い打ちをかける状況が‥‥。


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【回想録】バブル最高潮での就職活動





 

 

1年間の浪人を経て、
私は大阪芸術大学のデザイン学科に入学、
工業デザインを専攻しました。

工業製品のデザインをするのです。

来る日も来る日も、マーカーでスケッチを描いて、
ドラフターに向かって図面を描いていました。
(それらの作業は、今ではパソコンに取って代わりましたが)

そうこうしている内に、世の中はドンドン景気が良くなって、
私が卒業を迎える時には、バブルが最高潮。

あの時、大学を卒業する人は誰もが引く手数多でした。

今では考えられませんが、会社説明会に参加するだけで
高級なレストランに招かれて、フルコースをご馳走してくれたりしました。


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【回想録】体育会系から一転、美大・芸大を目指すことに





 

高校の3年間、バレーボール漬けだった私は
自分にバレーボールの才能が無い事を悟り、
その後の進路を体育会系の世界から、180度違う芸術の世界へ‥‥。

美大・芸大を目指すことにしたのでした。

普通なら、体育大学にでも行って
体育の教師になるとかが自然なのですが‥‥。

しかし、それにはあまりシックリ来るものがなくて、
どうしようかと思っているさなか、
「そうだ、自分は絵を描くことが得意だ」

学校の美術の授業ではクラスメイトからは、
「上手い」と褒めたたえられ、
美術の先生からも、美大に行くことを考えたらどうだ
‥‥なんて言われてしまったもので。


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【回想録】続・私は高校時代、バレーボールをしていました





 

 

昨日のブログの続きです。

毎年、全国大会に出るような
バレーボールの名門高校に入った私でしたが、
このままでは3年間玉拾いで終わりそうだし、
いつバレー部を辞めようかと、そればかり考えていたのでした。

ところが、思わぬ事態が起こりました。

最も有望視されていたバレー部の特待生がいたのですが、
彼は腰痛を訴え、病院に行くと、医者から
「これ以上バレーボールを続けてはいけない」
と言われ、退部することに‥‥。


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【回想録】私は高校時代、バレーボールをしていました





 

自己紹介を兼ねて、何回かに分けて回想録を書きます。

まずは私が高校生の頃のお話から。

‥‥実は高校生の頃の私は体育会系だったのです。

バレーボールをしていました。
その時の写真がこちら

中央付近でジャンプして、スパイクを打った直後なのが私です。

当時は結構強いチームで、全国大会にも出たんですよ。


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本当にあった怖い話・・・その後、どうなったか





 

 

【これまでの話し】

1975年ごろ
私の母が働いていたパン屋の工場が
謎の火災で半分が焼けてしまいました。

その1ヶ月後、
創業者のご主人が
心不全で急死してしまった
・・・という所までお話ししました。

これまでの話はこちらをご覧ください

今回はその後の話です。

ご主人を急に亡くし
奥さんがパン屋の経営を引き継ぐ事になりました。パン屋で起こった怖い話

半分残った工場をフル稼働し、
何とか学校給食のパンを賄い、
数ヶ月後には店舗も復活させ、
徐々に元へ戻っていきました。

ところが・・・!


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